「適正原価」とは?トラック適正化二法で標準的な運賃はどうなるのか
「適正原価という言葉を最近よく聞くが、標準的な運賃と何が違うのか」「原価を下回ると許可の更新ができなくなる、というのは本当か」——2026年7月に国土交通省が有識者検討会を立ち上げたことで、こうした問い合わせが増えています。まだ制度の中身が固まっていないだけに、報道の断片だけでは、実務でどう構えればいいのか判断しにくいテーマです。
先に、現時点でわかっていることと、まだ決まっていないことを切り分けます。
| 論点 | 現時点の状況 |
|---|---|
| 適正原価とは | 国土交通大臣が定める、運賃・料金が下回ってはいけない原価の水準。トラック適正化二法で新設 |
| 根拠法 | トラック適正化二法(令和7年法律第60号・第61号、2025年6月11日公布)1 |
| いつから | 適正原価規制・許可更新制は公布から3年以内(2025年6月11日公布のため、遅くとも2028年6月まで)に施行(政令で定める日)12 |
| 水準は決まったか | 未定。2026年7月17日に有識者検討会が初会合し、水準や構成要素の論点を議論している段階2 |
| 標準的な運賃はどうなるか | 現在は運用中だが、国交省資料では適正原価の導入に伴い廃止する方向が示されている3。時期は未明示。当面は目安として交渉に使え、いずれ下限である適正原価へ移行していく |
以下、順に整理します。
「適正原価」とは何か——「下回ってはいけないライン」の法定化
適正原価とは、ごく単純化すれば、運賃・料金がこれを下回ってはいけない、という原価の水準です。2025年6月に成立・公布された「トラック適正化二法」で新たに導入されることになりました。制度の柱は、国土交通大臣が定める「適正原価」を下回る運賃・料金を制限するという規制です1。
これまで運賃は、基本的に当事者間の交渉で決まるものでした。荷主が強ければ原価を割る運賃でも受けざるを得ない——この構造が、ドライバーの賃金原資を痩せさせ、担い手不足を招いてきたという問題意識が背景にあります。適正原価は、その交渉に「ここから下はダメ」という公的な底を1本引く仕組みだと考えるとわかりやすいはずです。
ただし注意が必要なのは、その水準がいくらなのかは、まだ決まっていないことです。何を原価に含め、どう算出するのか——この「適正原価として設定すべき水準と構成要素」を議論するために、2026年7月に有識者検討会が立ち上がりました(後述)。現時点で「自社の運賃が適正原価を下回っている/いない」を判定できる公式の数字はありません。
標準的な運賃とどう違うのか——「目安」と「下限」
ここで多くの人がつまずくのが、すでにある「標準的な運賃」との関係です。結論から言うと、両者は役割が異なり、そのうえで標準的な運賃は、適正原価の導入に伴って廃止する方向が国交省資料で示されています3。
標準的な運賃は、2020年4月に初めて告示され、2024年3月22日に改定されたものです。このときは運賃水準を8%引き上げるとともに、荷待ち・荷役に係る費用や燃料高騰分などを加算する見直しが行われました4。これは「収受を目指す目安」であり、届出をすれば荷主との交渉のテーブルに載せられる——いわば上を向いた目標値です。守らせる拘束力はありません。
一方の適正原価は、下を向いた下限です。「これくらい収受したい」という目標ではなく、「これを継続して下回る受注は制限される」という規制として設計されています。目安が努力目標なら、下限は割ると事業に跳ね返る一線、という違いです。
| 標準的な運賃 | 適正原価 | |
|---|---|---|
| 位置づけ | 収受を目指す目安(上を向いた目標) | 下回ってはいけない下限(下を向いた規制) |
| 拘束力 | なし(届出制。交渉材料) | あり(継続的に下回る受注を制限) |
| 現在の状況 | 2024年3月告示済み・運用中。ただし適正原価の導入に伴い廃止する方向43 | 検討会で水準を議論中。施行は公布後3年以内12 |
つまり「標準的な運賃 廃止 いつ」という関心に対しては、廃止の方向は国交省資料で示されているものの3、具体的な時期は明らかにされておらず、いま直ちになくなるわけではない、が現時点の実態に近い答えです。当面は目安である標準的な運賃を交渉に使いながら、その先で下限である適正原価へ移行していく——そう捉えておくのが安全です。
トラック適正化二法の全体像——適正原価だけではない
適正原価は、トラック適正化二法という大きな改正パッケージの一部です。二法の正式名称は「貨物自動車運送事業法の一部を改正する法律(令和7年法律第60号)」と「貨物自動車運送事業の適正化のための体制の整備等の推進に関する法律(令和7年法律第61号)」で、2025年6月11日に公布されました1。あわせて押さえておきたい柱は次のとおりです1。
- 事業許可の更新制の導入——これまで期限のなかったトラック事業の許可に、更新の仕組みが入ります。
- 適正原価を下回る運賃・料金の制限——本記事の主題。国土交通大臣が定める適正原価を継続的に下回る運賃・料金での受注が制限されます。
- 再委託の制限(努力義務)——委託段階を2次までに制限する努力義務。多重下請けの抑制がねらいです。
- 白トラ規制の強化——無許可の「白トラック」を利用した荷主等も、新たに処罰の対象になります。
- 貨物利用運送事業者への義務拡大——すべての貨物利用運送事業者に書面交付義務が課され、元請となる場合は実運送体制管理簿の作成義務も及びます。
適正原価と許可更新制がセットで注目されるのは、原価を継続的に下回る運賃で受注し続ける事業者の姿勢が、更新制のもとで問われる可能性があるためです。運賃の底上げを、行政指導だけでなく「事業を続けられるかどうか」の枠組みにも結びつけようとしている——ここに、この改正の重さがあります。
(実運送体制管理簿そのものは「実運送体制管理簿とは?作成義務・記載事項・保存期間」で、多重下請け規制の現在地は「多重下請けは何次まで?」で整理しています。)
いつから始まるのか——施行は2段階
施行のタイミングは、内容によって2段階に分かれます1。
2026年4月1日に施行される分は、白トラ規制の強化、再委託の制限(努力義務)、貨物利用運送事業者への義務拡大です。これらは比較的早く実務に効いてきます。
適正原価の規制と許可更新制は、公布(2025年6月11日)から3年以内の、政令で定める日に施行されるとされています12。十分な周知期間を確保した時期に施行される見込みで、条文どおり公布から3年以内であれば、遅くとも2028年6月までに施行される計算です。つまり適正原価そのものは、今すぐ運賃を変えなければならない話ではありません。制度が固まるまでに、自社の原価を把握しておく猶予がある、という段階です。
なお、国土交通省はこの検討の基礎資料として、トラック運送事業の適正原価に関する実態調査を実施しています15。中小事業者を含め、書面での調査協力を求める動きが出ているため、自社に調査票が届いた場合は対応が必要です。
有識者検討会で、いま何が議論されているか
適正原価の水準や算出方法を具体的に詰めるのが、2026年7月17日に初会合を開いた「適正原価の設定に向けた有識者検討会」です2。第1回では「トラック運送業をとりまく現状及び最近の取り組みについて」と「適正原価の設定に向けた論点提示」が議題とされました2。
第2回以降の会合では、適正原価の水準や構成要素、算出方法といった論点の整理が続きます。裏を返せば、現時点では確定した数字も算定式も示されておらず、自社の運賃が適正原価を上回るか下回るかを判定できる公式の基準は、まだ存在しません。
だからこそ、制度の完成を待つのではなく、いま自社の原価構造を自分で把握しておくことが、次に効いてきます。
運送会社が今できること
適正原価の施行はまだ先ですが、それまでにやっておくと効く準備があります。
- 自社の原価構造を把握しているか——1運行・1案件あたりの人件費、燃料費、修理費、車両費などに分解できるか
- 傭車(協力会社への委託)に出す運賃が、相手の原価を割っていないかを説明できるか
- 荷主・元請との交渉で、標準的な運賃を根拠として提示できているか4
- 立替金・実費・傭車費を含め、案件ごとの収支を後から確認できる記録があるか
- 国土交通省の適正原価の実態調査の調査票が届いた場合の、社内の対応担当が決まっているか5
ポイントは、いずれも「制度対応」というより「自社の原価を、根拠を持って示せる状態にしておく」ことに尽きます。原価を把握していない会社は、適正原価が定まったときに「自社が下回っているのか」すら判断できません。逆に、日々の運賃・傭車費・実費を業務のなかで記録できていれば、荷主交渉でも、将来の制度対応でも、同じ数字がそのまま根拠になります。
まとめ
適正原価は、運賃交渉に「下回ってはいけない下限」を公的に引く制度です。トラック適正化二法にもとづき、2026年7月に水準を議論する検討会が動き出しましたが、具体的な金額はまだ決まっておらず、施行も公布から3年以内——制度が固まるまでには、まだ時間があります。
一方で、標準的な運賃は、適正原価の導入に伴い廃止する方向が示されているものの3、その時期はまだ明らかではなく、いま直ちになくなるわけではありません。当面は目安である標準的な運賃を交渉に使いながら、その先の下限である適正原価に備える。そのために今できる最も確実な一手は、自社の原価を、案件ごとに根拠を持って示せる状態にしておくことです。
運送番頭は、傭車費や立替・実費を案件に紐づけて記録し、案件ごとの収支を後から確認できる形で預かります。運賃や傭車費の根拠を「決算のときにまとめて計算するもの」から「案件ごとに常に見えているもの」に変えておくこと。それが、適正原価の時代に向けた、いちばん地に足のついた備えになります。
脚注
-
国土交通省「トラック適正化二法について」 https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_mn4_000019.html ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8 ↩9
-
国土交通省 報道発表「第1回『適正原価の設定に向けた有識者検討会』を開催します」(令和8年7月14日) https://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha04_hh_000357.html ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6
-
国土交通省「トラック適正化二法について」概要資料(PDF)。標準的運賃は適正原価の設定に伴い廃止する方向が示されている。 https://www.mlit.go.jp/jidosha/content/001992449.pdf ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
-
国土交通省 報道発表「新たなトラックの標準的運賃を告示しました~運賃水準を8%引き上げるとともに、荷役の対価等を新たに加算~」(令和6年3月22日) https://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha04_hh_000294.html ↩ ↩2 ↩3
-
国土交通省「トラック運送事業の適正原価に関する実態調査への協力依頼について」 https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_tk4_000129.html ↩ ↩2
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